不公正な取引方法ー優越的地位の濫用について

1 優越的地位の濫用とは

「優越的地位の濫用」とは、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、①購入・利用強制、②利用提供の要請、③その他の濫用行為いずれかを行うことを意味します(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「独占禁止法」といいます。)2条9項5号(下記参考条文))。

イ 購入・利用強制

継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。

ロ 利用提供の要請

継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。

ハ その他の濫用行為

取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。

〈参考条文-独占禁止法〉

第2条

・・・

 この法律において「不公正な取引方法」とは、次の各号のいずれかに該当する行為をいう。

・・・

 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、次のいずれかに該当する行為をすること。

 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む。ロにおいて同じ。)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること。

 継続して取引する相手方に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。

 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること。

・・・

2 各要件

(1)「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)

公正取引委員会は、「優越的地位」につき、取引の相手方との関係で相対的に優越した地位(市場支配的な地位やそれに準ずる絶対的地位である必要はない)ととらえ、取引の一方の当事者を甲、他方の当事者を乙としたとき、甲が乙に対して「優越的地位」を有するかは、下記要素を総合的に考慮して判断するとしています(「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(以下、「濫用ガイドライン」))。判例も公正取引委員会の考え方を踏襲して、「優越的地位」の該当性を判断しています(下記参考判例)。

 

①乙の甲に対する取引依存度

②甲の市場における地位

③乙にとっての取引先変更の可能性

④その他甲と取引することの必要性

 

〈参考判例-東京高裁令和3年3月3日判決(ラルズ事件)〉

・・・「自己の取引上の地位が相手方に優越していること」(優越的地位)とは、相手方にとって行為者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、行為者が相手方にとって著しく不利益な要請を行っても、相手方がこれを受け入れざるを得ない場合も考えられるから、行為者が、市場支配的な地位又はそれに準ずる絶対的に優越した地位ばかりではなく、当該取引の相手方との関係で相対的に優越した地位である場合も含まれるものと解するのが相当である。換言すれば、このような行為が、当該取引の相手方の自由かつ自主的な判断による取引を阻害するものであることや、当該行為における不利益の程度が強く、他に波及するおそれがある場合などには、公正な競争を阻害するおそれがあることからすると、少なくとも当該取引の相手方にとって、行為者との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、行為者が当該取引の相手方にとって著しく不利益な要請等を行っても、当該取引の相手方がこれを受け入れざるを得ないような場合においては、前記の優越的地位に該当するものというべきである。
そして、優越的地位の有無を判断するに当たっては、① 行為者の市場における地位や、② 当該取引の相手方の行為者に対する取引依存度、③ 当該取引の相手方にとっての取引先変更の可能性、④ その他行為者と取引することの必要性、重要性を示す具体的な事実などを総合的に考慮するのが相当というべきである。
なお、前記のように解することからすると、優越的地位は、企業規模が同程度の企業間においても該当し得るものといえる。また、特定の事業部門や営業拠点など特定の事業の経営に大きな支障を来す場合であっても、当該特定の事業が当該事業者の経営全体において相対的に重要なものである場合などには、事業経営上大きな支障を来すことがあり得るものといえる

 

(2)「正常な商慣習に照らして不当に」(公正競争阻害性)

濫用ガイドラインによれば、「正常な商慣習」とは、公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるものをいい、現に存在する商慣習に合致しているからといって、直ちにその行為が正当化されることにはならないとされています。そして、「正常な商慣習に照らして不当に」との要件は、優越的地位の濫用の有無が、公正な競争秩序の維持・促進の観点から個別の事案ごとに判断されるものとされています(判例も同様の判断基準によっていると考えられます。)。

 

〈参考判例-東京高裁令和3年3月3日判決(ラルズ事件)〉

・・・独占禁止法2条9項5号所定の各行為が不公正な取引方法として規制される趣旨を踏まえれば、「正常な商慣習に照らして不当に」とは、公正な競争秩序の維持、促進の観点から是認されるものに照らして不当であることを意味するものと解される。

 

(3)濫用行為

イ 購入・利用強制

押し付け販売等がこれに該当します。濫用ガイドラインによれば、自己の供給する商品や役務だけではなく、自己の指定する事業者が供給する商品または役務も含まれるとされています。また、事実上、購入を余儀なくさせていると認められる場合も「購入させる」ことに該当するとされています。

ロ 利用提供の要請

協賛金等の負担や従業員等の派遣の要請等がこれに該当します。濫用ガイドラインによれば「経済上の利益」は、協賛金等の名目いかんを問わず行われる金銭の提供や作業への労務の労務提供等をいうとされています。

ハ その他の濫用行為

受領拒否、商品の返品、支払いの遅延・減額、その他取引の相手方に不利益を与える様々な行為がこれに該当します。

 

3 優越的地位の濫用が認められる場合に取られ得る措置

(1)行政上の措置

ア 排除措置命令

公正取引委員会は、優越的地位の濫用に該当する違反行為を行った者に対して、当該違反行為の差しめ、契約条項の削除等の排除措置命令を出すことができます。

 

〈参考条文-独占禁止法〉

第十九条 事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。

 

第二十条 前条の規定に違反する行為があるときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、事業者に対し、当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命ずることができる。

 

イ 課徴金納付

公正取引委員会は、優越的地位の濫用に該当する違反行為を行った者に対して、課徴金納付命令を行うことができます。

 

〈参考条文-独占禁止法〉

第二十条の六 事業者が、第十九条の規定に違反する行為(第二条第九項第五号に該当するものであつて、継続してするものに限る。)をしたときは、公正取引委員会は、第八章第二節に規定する手続に従い、当該事業者に対し、違反行為期間における、当該違反行為の相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額(当該違反行為が商品又は役務の供給を受ける相手方に対するものである場合は当該違反行為の相手方との間における政令で定める方法により算定した購入額とし、当該違反行為の相手方が複数ある場合は当該違反行為のそれぞれの相手方との間における政令で定める方法により算定した売上額又は購入額の合計額とする。)に百分の一を乗じて得た額に相当する額の課徴金を国庫に納付することを命じなければならない。ただし、その額が百万円未満であるときは、その納付を命ずることができない。

 

ウ 確約手続

公正取引委員会は、優越的地位の濫用に該当する違反行為があったと思料される場合、公正かつ自由な競争の促進を図る上で必要があると認めるときは、当該行為を行った者に対し、当該行為の概要、違反する疑いのある法令の条項、排除措置計画、当該行為が既になくなっている場合は排除確保措置契約の認定申請ができる旨を書面により通知することができます(独禁法48条の2、48条の6)。

通知を受けた者は、排除措置計画ないし排除確保措置計画を作成し、公正取引委員会に認定を申請することができます。申請後、当該計画が違反を疑われた行為を排除するために十分であり、確実に実施されると見込まれときは、当該計画を認定します(独禁法48条の3、48条の6)。

当該計画が認定された場合、認定が取り消されない限り、排除措置命令、課徴金納付命令は出されません(独禁法48条の4,48条の8)。

 

エ 緊急停止命令

緊急の必要があると認めるときは、公正取引委員会の申立てにより、裁判所は、優越的地位の濫用に該当すると疑われる行為をしている者に対し、当該行為等を一時停止するべきこと等を命じることができます(独占禁止法70条の4第1項)。

 

(2)優越的地位の濫用により利益を侵害された者がとりうる措置

ア 差止請求

優越的地位の濫用(不公正な取引方法)により「利益を侵害され、又は侵害されるおそれがあ」り、「著しい損害を生じ、又は生ずるおそれがある」場合には、当該被侵害者は、当該侵害者に対し差止請求を行うことができます(独占禁止法24条)。

「著しい損害」は、損害賠償請求を認容する場合よりも高度の違法性を要するとされています(下記参考判例)。

 

〈参考判例-東京高裁平成19年11月28日判決〉

独占禁止法24条にいう「著しい損害」の要件は、一般に差止請求を認容するには損害賠償請求を認容する場合よりも高度の違法性を要するとされていることを踏まえつつ、不正競争防止法等他の法律に基づく差止請求権との均衡や過度に厳格な要件を課した場合は差止請求の制度の利用価値が減殺されることにも留意しつつ定められたものであって、例えば、当該事業者が市場から排除されるおそれがある場合や新規参入が阻止されている場合等独占禁止法違反行為によって回復し難い損害が生ずる場合や、金銭賠償では救済として不十分な場合等がこの要件に該当するものと解される。

 

イ 損害賠償請求

(ア)不法行為に基づく損害賠償請求

優越的地位の濫用に該当する違反行為により、公正かつ自由な競争市場で製品販売する利益などを侵害され、売上減少などの損害を被った場合、民法709条に基づいて損害賠償請求をすることができます。

(イ)独占禁止法25条に基づく損害賠償請求

公正取引委員会が独占禁止法違反行為に対して排除措置命令を行い当該命令が確定した後には、独占禁止法25条に基づいて損害賠償請求を行うことができます。

独占禁止法25条に基づく損害賠償責任は、無過失責任であり、請求を受けた者は、故意・過失がなかったことを証明してこの当該責任を免れることはできません。

 

〈参考条文―独占禁止法〉

第二十五条 第三条、第六条又は第十九条の規定に違反する行為をした事業者(第六条の規定に違反する行為をした事業者にあつては、当該国際的協定又は国際的契約において、不当な取引制限をし、又は不公正な取引方法を自ら用いた事業者に限る。)及び第八条の規定に違反する行為をした事業者団体は、被害者に対し、損害賠償の責めに任ずる。

 事業者及び事業者団体は、故意又は過失がなかつたことを証明して、前項に規定する責任を免れることができない。

第二十六条 前条の規定による損害賠償の請求権は、第四十九条に規定する排除措置命令(排除措置命令がされなかつた場合にあつては、第六十二条第一項に規定する納付命令(第八条第一号又は第二号の規定に違反する行為をした事業者団体の構成事業者に対するものを除く。))が確定した後でなければ、裁判上主張することができない。

 前項の請求権は、同項の排除措置命令又は納付命令が確定した日から三年を経過したときは、時効によつて消滅する。

 

ウ 無効の主張

独占禁止法に違反する契約については、法の趣旨、違反行為の違法性の程度、取引の安全保護等諸般の事情から公序良俗に反するといえる場合、当該契約は民法90条により無効となります(下記参考判例)。

優越的地位の濫用により締結された契約についても、諸般の事情から公序良俗に反するといえれば、当該契約が無効である旨主張することができます。

契約無効が認められる場合、既に契約により支払った対価について不当利得返還請求を求めること、債務の不存在等を主張することができます。

 

〈参考判例-最高裁昭和52年6月20日〉

独禁法一九条に違反した契約の私法上の効力については、その契約が公序良俗に反するとされるような場合は格別として、上告人のいうように同条が強行法規であるからとの理由で直ちに無効であると解すべきではない。けだし、独禁法は、公正かつ自由な競争経済秩序を維持していくことによつて一般消費者の利益を確保するとともに、国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とするものであり、同法二〇条は、専門的機関である公正取引委員会をして、取引行為につき同法一九条違反の事実の有無及びその違法性の程度を判定し、その違法状態の具体的かつ妥当な収拾、排除を図るに適した内容の勧告、差止命令を出すなど弾力的な措置をとらしめることによつて、同法の目的を達成することを予定しているのであるから、同法条の趣旨に鑑みると、同法一九条に違反する不公正な取引方法による行為の私法上の効力についてこれを直ちに無効とすることは同法の目的に合致するとはいい難いからである。また、本件のように、前記取引条件のゆえに実質金利が利息制限法に違反する結果を生ずるとしても、その違法な結果については後述のように是正されうることを勘案すると、前記事情のもとでは、本件貸付並びにその取引条件を構成する本件別口貸付、本件定期預金及び本件むつみ定期預金の各契約は、いまだ民法九〇条にいう公序良俗に反するものということはできない。それゆえ、これらの契約を有効とした原審の判断は、その限りにおいて、正当というべきである。

 

〈参考判例-高松高裁昭和61年4月8日〉

独占禁止法の規定の性格は、その内容によつてかなり異なつており、効力規定的要素が強いものから行政取締法規的要素が強いものまで種々様々であるから、独占禁止法違反の契約、協定であつても一律に有効または無効と考えるのは、相当でなく、規定の趣旨と違反行為の違法性の程度、取引の安全保護等諸般の事情から具体的契約、協定毎にその効力を考えるのが相当である。本件は、原協定(三)の約条に基づいて控訴人が被控訴人に対し本件路線への非限定の乗合自動車事業への参入を阻止しようとするもので、右協定当事者である控訴人と被控訴人間のみの問題で、その間に第三者が介在せず、取引の安全を考慮する必要はないから、原協定(三)の約条は、無効と認めるのが相当である。

 


執筆

福島県弁護士会(会津若松支部)所属
葵綜合法律事務所 弁護士 新田 周作